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盛岡地方裁判所 昭和41年(ワ)231号 判決 1969年7月31日

原告 国

訴訟代理人 高橋満夫 外四名

被告 陳岡安造 外一名

主文

原告等の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

第一申立

一、原告国

被告等は各自原告に対し、金一八四万七三九六円及びこれに対する昭和四〇年二月二七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告等の負担とする。

との判決並びに仮執行宣言を求める。

二、原告千葉利等四名<省略>

三、被告等

主文同旨の判決を求める。

第二原告国主張の請求の原因

一、災害の発生

被告陳岡安造は酒類販売を業とするものであり、被告佐々木義雄は被告陳岡の雇用する自動車運転者である。被告佐々木は、昭和三九年一〇月二〇日午前一一時四五分頃、被告陳岡所有の軽四輪貨物自動車(以下、被告車という)を運転し、盛岡市中の通橋一丁目一番一五号先の交差点(以下、本件交差点という)において、千葉幸穂の運転する原動機付自転車に衝突し、同人をその場に転倒させ、下肢複雑骨折による脳及び肺の脂肪栓塞に基因する脳出血及び肺出血を伴う肺うつ血の傷害を与え、よつて同月二六日午前七時二五分死亡するに至らしめた。

二、損害の内容<省略>

三、被告等の責任

1. 被告佐々木の過失

千葉幸穂は、事故当日岩手県庁における用務を終えて帰庁すべく原動機付自転車を運転し、中の橋を渡り本件交差点に差しかかつたとき、右折すべく方向指示等による合図をしながら道路中央に寄ろうとして交差点の中央内地を徐行して進行したところ、川徳方面から中の橋方面に進行してきた被告佐々木運転の被告車の前部が千葉幸穂の原動機付自転車の左側面に衝突したものである。被告佐々木はかかる交差点を通行する際は前方を注視するは勿論右折する車があることを慮り、速度を減じて進行し、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにかかわらず、これを怠り慢然時速約四〇粁以上の速度のまま進行し、前方及び右方の安全確認を怠つたばかりか、信号が青を表示しているのを認めるや赤に変らないうちに通過せんものと加速したため本件事故を発生させたものであるから、被告佐々木には過失がある。

2. 被告等の責任

被告陳岡はいわゆる運行供用者として自動車損害賠償保障法第三条の規定により、被告佐々木は民法第七〇九条の規定により損害賠償の義務を負うところ、原告千葉利ほか三名は昭和四〇年八月五日いわゆる強制保険金一〇三万九四九六円を受領したので、これを前記損害合計額より控除すれば金八三六万七四〇五円となる。

四  原告国の補償と求償権の取得

原告国は、千葉幸穂が事故当時農林省岩手食糧事務所に勤務する国家公務員として、業務執行中の災害であるところから、昭和四〇年二月二六日国家公務員災害補償法にもとづき、千葉幸穂の遺族である妻原告千葉利に対し、遺族補償として一七一万円、葬儀費として一〇万二六〇〇円、療養補償費として三万四七九六円、合計一八四万七三九六円を給付したので、同法第六条第一項の規定により右給付額の限度で、遺族が被告等に対して有する損害賠償請求権を取得した。

五、結び

よつて、原告国は被告等に対し各自一八四万七三九六円及びこれに対する給付の日の翌日である昭和四〇年二月二七日から完済まで年五分の割合による遅延損害金を支払うべきことを求める。

第三原告千葉利ほか三名主張の請求の原因<省略>

第四答弁

一、原告国主張の請求原因に対する認否

第一項のうち、千葉幸穂の受けた傷害、これと致死との因果関係は不知、その他は認める。

第二項の事実はすべて争う。

第三項の1はすべて争う。その2のうち保険金の受領の点を認め、他は争う。

第四項の事実は不知。

二、原告千葉利ほか三名主張の請求原因に対する認否<省略>

三、主張

1. 被告等は自賠法三条但書による免責を主張する。

(一)  被告佐々木に過失はない。

被告佐々木は被告車を運転して川徳方面から中の橋方面に向け進行して本件交差点に差しかかるや、信号機の信号が青であることを確認した上で、時速約一五ないし二〇粁で本件交差点を通過しようとして交差点中央付近に至つた際、突如右紺屋町方面からスピードを出して進行してきたバイクに自車前部を衝突された。このような状況下においては、被告佐々木は赤信号を無視して自車直前を横断進行する者があるなどとは到底予見できず、また、右折する車があるとしてもその車は右折の際安全を確認した上で右折するものと信頼して進行した。したがつて、被告佐々木には過失はない。

(二)  千葉幸穂に過失がある。

千葉幸穂は原動機付自転車を運転し、紺屋町方面から清水町方面に向つて進行、時速約五〇粁で本件交差点に差しかかり、信号が赤なのにこれを無視して同速度で直進したため、川徳方面から中の橋方面に進行中の被告車の前部に自車を接触させた。しかし、右接触は軽微であつて、被告車にはほとんど損傷がなく前部バンバー右端が多少曲つた程度にすぎず、千葉幸穂の転倒は接触自体による衝撃力によるものとは考えられず、むしろ千葉幸穂の右緊急時における運転措置の拙劣によるものと推定される。右のように、千葉幸穂には信号無視、速度違反という重大な過失があり、これが本件事故の唯一の原因である。

仮に千葉幸穂が中の橋方面からきて本件交差点を右折進行したとしても、その際川徳方面から被告車が進行してきたことは容易に発見しえたはずであり、発見しなかつたとしても、信号が青であつたのであるから、対向する直進車の進行を予測すべきであつた。しかるに、幸穂は対向車に対する安全確認の義務を怠り、他車の運転車から「先に行け」という合図をうけてあわてて右折進行することにのみ気を奪われて右折進行した。この点において千葉幸穂に過失がある。

(三)  被告車は購入してまもない新車で、構造上の欠陥又は機能の障害は全くなかつた。

2. 仮定的に過失相殺を主張する。

第五被告等の主張に対する原告等の答弁

一、原告国

被告等の主張1の(一)のうち、事故当時信号が青であつたことは認める。その他は否認する。

同1の(二)の事実は否認する。

同1の(三)の事実は不知。

同2は争う。

二、原告千葉利ほか三名<省略>

第六証拠関係<省略>

理由

一、被告陳岡は酒類販売業者であり、被告佐々木は被告陳岡の雇用する自動車運転者であるが、被告佐々木が昭和三九年一〇月二〇日午前一一時四五分頃被告陳岡所有の被告車を運転して盛岡市内川徳方面から中の橋方面に向け進行中、盛岡市中の橋通一丁目一番一五号先の本件交差点において、千葉幸穂の運転する原動機付自転車と衡突して同人をその場に転倒させたことは、当事者間に争いがなく、千葉幸穂が原告等主張の傷害を受け、これにより同年一〇月二六日午前七時二五分死亡したことは、<証拠省略>により認められる。

二、被告等主張の自賠法第三条但書の主張並びに原告等主張の被告佐々木の過失の有無について判断する。

1. <証拠省略>によれば、次の事実が認められる。

(一)  本件事故現場は、南東川徳方面から北西中の橋方面に通ずる道路(以下、甲道路という)と北東紺屋町方面から南西清水町方面に通ずる路道とが直角に交差する十字路交差点であり、両通路とも平担なアスファルト舖装道路である。道路幅員は交差点より南東方は車道一〇米、両側の歩道各三米、交差点より北西方は車道九・一〇米、両側の歩道各三米、交差点より北東方は九・一五米、交差点より南西方は九・八五米である。甲道路は時速四〇粁の高度制限があり、本件交差点は信号機の表示する信号により交通整埋が行なわれている。中の橋方面からきて本件交差点を右折する車両に対しては二輪車を除き右折禁止の規制がなされている。

本件事故当時降雨なく道路は乾燥していた。

(二)  被告佐々木は被告車を運転して甲道路を川徳方面から中の橋方面に向うべく道路左側部分のほぼ中央を進行して本件交差点に接近したが、その時信号は青を表示しており、前車は約一〇米先を同一方向に進行していて、被告車の進路は交通渋滞はなかつた。本件交差点に差しかかつた頃被告車の速度は時速約二〇粁であつた。

(三)  千葉幸穂は原動機付自転車を運転し中の橋を渡り、甲道路を本件交差点に向つて進行したが、この方向は多数の自動車がつまつて交通は渋滞していた。同人は渋滞している自動車の列の左側を(すなわち、道路左端に寄つて)進行して本件交差点に達した。この時信号は青であつたが交通渋滞のため直進車は進行できず、本件交差点の手前(北西側)には佐藤彰運転の大型バスが前部を少し交差点内に進入させ同所横断歩道にまたがつて停止した。右バスの前方は同じく大型バスがその後部を交差点内に残して停止していた。

(四)  被告佐々木は、信号が青であるのを確認し、前車に続いて本件交差点を直進すべく、時速約二〇粁で本件交差点に進入した。他方、千葉幸穂は前記佐藤彰運転の大型バスの左側を通り本件交差点に達したが、右バスが前記のように交通渋滞のため停止するや、清水町方面に向け本件交差点を右折すべく、右バスの直前を左から右に横切つて右折進行し、対向車に全然注意せず時速一五ないし二〇粁で中央線を通過した。被告佐々木は、本件交差点に入つて直後、右側の停滞している車の間から千葉幸穂の原動機付自転車が突如出てくるのを、右前方数米に発見し、あわてて急ブレーキをかけたが間にあわず、被告車の前部を右原動機付自転車の左側面に接触させた。被告車は一米弱のスリップ痕を残して停止し、千葉幸穂は被告車の前方約一米のあたりに転倒し、原動機付自転車は被告車の前方約六米のあたりに横転した。

以上のように認められ、前掲各証拠のうち、右認定と符合しない部分は信用できないところであり、乙第七号証、証人管原帖助の証言は前掲採用の証拠に照らして採用できない。

2. 本件事故の状況は右認定のとおりである。被告佐々木は信号に従い制限速度内で直進したものであり、かつ、右認定により明らかなとおり、事故当時の状況は、千葉幸穂の原動機付自転車が「交差点において既に右折している」場合(道路交通法第三七条第二項)ではなく、直進優先すなわち右折車が直進車の進行を妨げてはならない場合(同条第一項)であるから、被告佐々木には何ら交通法規の違反はない。原告等は、交差点を直進するときは右折車があることを慮り速度を減じて進行すべき義務がある。と主張するが、かかる主張は道路交通法第三七条第一項の規定する直進優先の原則を無視するものであって失当である。直進車は信号に従い制限速度内で直進してよいものであり(右法条第二項の場合を除くこと勿論)、右折車は直進車の進行を妨げてはならないものである。直進車の運転者には、直進優先の原則に違反して渋滞している車の間から右折車が突如飛び出すかも知れないことまで注意すべき義務はない。また、原告等は、被告佐々木が時速四〇粁以上の速度で進行したと主張するが、この点につき証人福田倆三の証言は信用できず、他に右速度を認めうる証拠はない。以上の故に、被告佐々木には自動車の運行につき過失はないといわねばならない。

3. 右折車は、あらかじめその前からできる限り道路の中央に寄るべきであるが、千葉幸穂はそのようにしていない。もっとも、本件の場合は、直進車が渋滞していて道路中央に寄ることができなかつたと認められるから、右の点はやむをえなかつたといえるであろう。しかし、それにしても、前認定のように、一時停止したバスの直前を左から右へ横切つて右折する場合は、後車に対する注意は勿論、前方にも車が渋滞していて対向車に対する見とおしがきかないのであるから、交差点内の中央線付近で一時停止して対向車に対する安全確認をなすべき注意義務がある。しかるに、千葉幸穂は対向車に対する安全確認を全く怠り、対向の直進車である被告車がすでに本件交差点に入つているのに、中央線付近で一時停止もせず、渋滞して止まつている車の間から全く不注意に進行したものであつて、同人には重大な過失があること明らかである。

4. 被告両名の本人尋問の結果によれば、被告車は本件事故当時新車として購入してから一ヶ月もたたない車であり、構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことが認められる。

5. 以上のように、被告佐々木には過失はなく、かつ、自賠法第三条但書の証明があると認められる。

三、よって、爾余の争点について判断するまでもなく、原告等の請求は失当であるからこれを棄却することとし、民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石川良雄 田辺康次 佐々木寅男)

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